記憶と思考の神経回路モデルの研究

森田昌彦(班員)
筑波大学 機能工学系

1. 時空間パターンの双方向変換モデル

 脳内での思考過程を抽象化したものとして,時空間パターンの双方向変換を行うモデルを構築した.モデルの構造を図1に示す.図の上半分は下位・中間・上位の各部に分けられているが,非単調素子が双方向に全結合した一つの回路網である.下位部ではパターン空間における軌道に交差や重複部分のあるような複雑で長い時空間パターン群 c1,..., cm が入出力され,上位部では短く分離した軌道をもつ時空間パターン群 s1,..., sm が入出力される.

図1
図1 時空間パターン変換モデルの構造

 この両者を連合するために,中間部を含めた回路網全体の学習を行う.その際,中間部に学習させるパターンを生成するのが図1の下半分に位置する回路である.これは cμsμ を入力として受け取り,両者の中間的な軌道をもつ時空間パターンを出力する.詳細は文献[1]を参照されたい.
図2
図2 双方向処理の例
 学習後のモデルの下位部に cμ にノイズを加えた時空間パターンを入力すると,学習した cμ が下位部に現れると共に,対応する sμ が上位部から出力される.逆に,上位部に sμ を入力すると cμ が下位部から出力される.また,上位部と下位部へ同時に入力を与えることにより,学習した時空間パターンの中でどちらの入力とも矛盾しないものを再生することが可能である.
 そのような処理の例を図2に示す.これは,14組の時空間パターンを学習した後,下位部に c13 = {GDADE} と c14 = {GFAEF} のちょうど中間の時空間パターンを,上位部に s9 = {OES9} と s13 = {OGS13} の中間パターンをそれぞれ入力した場合である(A〜G, Sμ はランダムに選んだ400次元の2値ベクトル).時刻 t > 50 では c13 および s13 がほぼ正しく再生されている.
 このモデルにより,トップダウン情報を加味した時空間パターンの認識や,興奮パターンの流れの制御が実現できると考えられる.そのほか,モデルの中間部を階層化することによって,シナプス結合数の削減と共に処理能力の向上が図れることも明らかになった.

2. 対連合記憶のモデル

 記憶を基にした推論の具体的な例としてサルの対連合課題を取り上げ,昨年度に引き続きモデル化を進めた.モデルの構成を図3に示す.このモデルは昨年度報告したものと基本的に同じであるが,両方向の連想,すなわちパターン A と B を連合したとき A → B だけでなく B → A の想起も可能になっている.そのためには,N2 から N1 へ送られる学習信号の軌跡が両方向で重ならないことが必要であるが,これは N1 から N2 へのフィードバックを用いることにより自然に実現されることがわかった.

図3

図3 対連合記憶モデルの構成

 20組のパターン対 (A,B), (C,D), ... を1000個のユニットからなるモデルに順次入力して学習させた後,様々なパターン対を遅延期間をはさんで入力し,モデルの挙動を調べた[2].図4は, A〜D をコードするユニットのうちランダムに選んだ20個について,出力の時間変化を示したものである.最初の4試行は A をcueとして与えた場合,次の3試行は B を,最後の4試行は C または D をそれぞれcueとした場合である.遅延期間後に A〜D を入力した場合を比較すると,対応するtargetを入力したmatch試行において最も反応が強いことがわかる.実際,出力値のヒストグラムを比べると,match試行とnon-matuch試行とで明らかに異なっており,両者を容易に識別することができる.

図4
図4 各試行におけるモデルの反応

 更に,モデルに入力するパターンと学習手順を若干変えるだけで,色スイッチ付き対連合(PACS)課題[3]も遂行することができた.このモデルは,比較的単純で脳内で実現可能な機構をもつだけでなく,サルの下側頭葉で観察された特徴的なニューロン活動をうまく説明する.これらのことから,下側頭葉における記憶形成や想起はこのモデルと同じ原理に基づくと考えているが,その検証は今後の課題である.

文献

  1. Murakami, S. and Morita, M. Top-down and bottom-up processing of spatiotemporal patterns in a fully recurrent network of nonmonotonic neurons. Proceedings of the 1999 International Conference on Neural Information Processing, 1118-1122, 1999.
  2. Suemitsu, A. and Morita, M. A neural network model of pair-association memory in the inferotemporal cortex. Proceedings of the 1999 International Conference on Neural Information Processing, 790-794, 1999.
  3. Naya, Y., Sakai, K., and Miyashita, Y. Activity of primate inferotemporal neurons related to a sought target in pair-association task. Proceedings of the National Academy of Sciences of the USA:93, 2664-2669, 1996.


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